雨の日の慕情

作桜ありま





「うひゃ――っつ、もう最悪」

マミは、真夏の突然の通り雨に、ずぶぬれになった体を、鞄から取り出したハンドタオルで拭くと、空を睨み付けた。
制服のシャツが、腕にぴったりくっついて、なんだか気持ちが悪い。
そして、雨のせいか、少し温度が下がってきていて、マミの体を冷やす。

吾妻神社へ縁結びの神様・・・の御利益を受けに、放課後暇だったので、お参りに行こうとしたマミを襲ったのは、通り雨。
雨など降るはずもなさそうな天気で・・・だからこそ、通り雨というのだろうか?
傘など、もしもの時の為に持ち歩こう、という考えなど全く無いマミは目的の吾妻神社へ付くまでにはずぶぬれになっていた。

やっぱりすぐ家に帰ればよかった〜

と、後悔した時はもう引き返すより、吾妻神社へ向かった方が格段に近い距離で。
いつまでもやむ事のなさそうな、空を見上げる。

もうこうなったら、ぬれて帰ろうかなぁ

ふう、とため息を吐いて、マミは迷った。
しかし雨は、激しく強く降っていて、この中を走っていくと考えただけでもめんどくさい。
そういえば、見てなかったドラマの再放送があったんだとマミは気が付いて、落ち込んだ。何で今日はこんなについてないのかと。
そうこう考えている内に、バチャバチャと激しい雨が地面を叩きつける音に混じって

ニャ――――・・・

か細い、小猫の泣き声が耳に入る。

「猫?」

どこに居るんだろうと、猫が別に嫌いではないマミは視線をさ迷わせる。
けれど、どこにも居なくて・・・
激しい雨音にかき消されて、泣き声から探そうにも猫の姿は見えない。

ふとマミが足元を見ると、マミが居る所は鉄の格子でできた排水溝になっていた。

まさか・・・ね?

マミは恐る恐るしゃがみこんで排水溝を覗き込む。

するとそこには・・・

「ど、どうしよう!!!」

雨で水かさの増した排水溝のなかには、水の流れに、逆らって出口に出る事もできなくなっている、小猫の姿がみえた。
このまま力尽きて流れていけば、水量調節の為に取られた深い溝の方に流れていくのは目に見えていて。
だからといって、排水溝の出口から、マミが手を突っ込んでも届かない場所に小猫は居た。


****


「今日の修行はこれで終了じゃ」
「ありがとうございます」

梶国は、匠藤にそう言われて、深く首を垂れた。
吾妻神社の神様、匠藤のもとで修行を始めてから四百年という月日が過ぎたが、梶国は未だ修行が足りないと、日々の修行で気付かされる。
そしてその事を、匠藤に告げると満足そうにうんうん、と肯き返されるていた。

「雨・・・じゃのう、このような天気は修行がはかどらん」
そういって、そそくさと匠藤は修行の為に使っている間から本堂の方へと向かって行く。

勿論、匠藤の目的は、お供え物。
突然の通り雨でお供え物が濡れてしまいはしないかと、心配になってしまったので本日の修行はいつもよりだいぶ早く終わったのだった。
そんな事を気付きもしない梶国は、ぽつんと一人部屋に残される。

ザーっという雨の音に、耳を傾けながら、ぼうっとしていた所に、沙紅羅が何時の間にか目の前に現れていた。

「す、すみません沙紅羅様!何か御用ですか?」

何時からいたのだろう?
沙紅羅は、声を封印されているが、梶国などとは及びもつかない偉い神様で・・・
喋れないからこそ、梶国に声をかけることが出来なくて・・・だから何時からいたんだろうか?と思うと、梶国は慌ててしまう。

そんな梶国に、笑みを返して沙紅羅は手で制す。

気にするな―――

そう、まるで聞こえた様に思えた。
喋れなくても、表情や動作で百年程、ともに修行をして梶国には沙紅羅の言いたい事が完璧とは言わないまでもほとんど分かる様になっていた。

「お茶を入れて参ります」

そういって、慌てて梶国は
長い渡り廊下を激しい雨の中渡り台所の方に向かった。
しかし、いつもお茶を入れてある戸棚に手を伸ばすと、梶国はそう言えば昨日匠藤様が飲まれたので最後だったのだと、はっと気がつく。

買ってこなければ。
そう思い、慌てて沙紅羅の元に戻り、出かけると報告しに行こうとした梶国は、渡り廊下の途中で、雨音にもかき消されないほどの、怒鳴り声を聞く。

何があったのかと、梶国は慌てて、じゃのめ傘を差し声の主の元にかけて行った。

梶国が聞いた声は勿論・・・


****


「もう、どーしてこんっな、に、重いのよ!!!」

マミは腕まくりをして、力一杯排水溝にかかっている鉄格子を取ろうと心みていたが、それは無駄な努力になっていた。

どう見ても、鉄格子の重さはマミの腕力では動きそうに無いと解りきっていたが。

「うー・・・・動けっつ」
と、八つ当たりするように足で鉄格子の角を蹴ってみても、勿論同じ結果で…

「よし、こうなったら!!」

と、マミは四つん這いになって、排水溝の入口から手を突っ込んでみる。
プン、と鼻を突く匂いがしてきたが、うう、この際がまんがまん
と、自分に言い聞かせて、小猫をつかもうと手を精一杯伸ばす。
体が斜めになる全体重が左腕にかかって腕が痛い。
そんな努力をしてみても、子猫には後十センチ程届かない。

無理!!!

どうする事もできなくって、でも目の前の小猫を見捨てる事もなんだか出来ないマミは、立ち上がると、また鉄格子を動かそうと手をかける。
すると・・・

ガコッ

「え?」

信じられない様に、自然に鉄格子が取れた。

これが火事場の馬鹿力ってやつ??

と、呆然とするマミ、しかしすぐはっとして、子猫を排水溝から取り出すと先ほど自分の体を拭いていたタオルでワシャワシャと拭いてあげた。

もう使えないかも・・・・
かなりお気に入りだったのに

拭いていたタオルは、緑のチェック柄のタオル。しかし、排水溝の中から拾い出した子猫の汚れのせいで、今は茶色になっていた。

ちょっと心の中で残念がりながらも、子猫が元気よくマミの腕の中で暴れ出したのでとりあえず、地面においてみる。

野良猫なのだろう、人に触られる事をよしとしない子猫は、マミが再度差し出した手から逃げるように・・・

「あっ!」

子猫は一目散に、雨の中を逃げ出して行った。

「あ〜あ、せっかく拭いてあげたのに」

ちょっと感謝の気持ちはないんかい!!
と、突っ込みそうになったがそれより何よりも、あの排水溝の中でおぼれかけて気弱になっていた子猫が元気よく駆けて行く姿を見るとマミは笑う。

元気でよかったぁ

そんな笑顔。
しかし、笑顔になった後・・・・ふと、下を見てみると。

「どうしようこれ・・・」

開いたままの、排水溝の鉄格子がマミの目の前にあった。


****


怒鳴り声に驚き、駆けつけた梶国の前にいたのは、神社の門の端に四つん這いになっている、女子高生の姿だった。

「!!????」

一瞬、何をやってるのか!?と、梶国の頭の中は真っ白に、顔は真っ赤になったが、耳に届く子猫の助けを求める鳴声で、瞬時に少女が何をしようとしているのか理解する。

修行中の身であれば、むやみに人間の前に姿を現せず、力を使う事も出来ない梶国。
しかし、自分の姿が、目の前の少女に見えてない事が解って梶国は、少女がまた排水溝に手をかけた瞬間に自分も排水溝に手をかけた。
梶国の力で、少女は軽々と排水溝の鉄格子を動かす。

「え?」
と、少女は驚きの声を上げる。
それもそうだろう、梶国の姿が見えていない少女にとっては、鉄格子が軽かったはずで・・・
しかし少女はそれを気にする間もなくはっとすると、子猫を排水溝から抱き上げて、タオルで拭いた。
その様子を側で見ていて、ほっとする梶国。

助けられて良かった―――

梶国のその目は穏やかに少女と子猫を見ていたが、子猫から逃げられた少女が、

「あ、せっかく拭いてあげたのに」

と言って、残念そうでもなく満足げに微笑むのを見ると、
どきり、とした。
今迄子猫を助ける事に夢中で、気付いていなかった少女の顔。
その満面の笑顔に、かぁぁと、頬に朱が走る。

なぜ、こんなにもドキドキするのでしょうか?

と、自分の胸に手を当てて心に自問自答する梶国。

そして少女から遠ざかるように後ずさる。
「あっ」
といって、斜めにずらした鉄格子に足をつまずかせ、よろけた。

ガコン。

と、躓かれた鉄格子の方は、排水溝にきちんとはまり。
躓いた梶国の方はというと、足の痛みに堪えきれす痛くて膝をついていた。
声を出しては、気付かれてしまう。
そう梶国の、姿は通常人には見えなくなってるのだが、『声』は人には聞こえるのだ。
そして、自分というその存在に『声』によって気付かれたら、姿が見えるようになるのである。

そう、思ってうめき声を押し殺す梶国。
はっとして、少女の方を見ると、少女は梶国の方をまっすぐに見ていた。

気付かれた!?

梶国は、その視線にぎくりとし、全身がこわばった。


****


「あっ、傘」

一瞬猫の鳴声がしたような気がした、マミは、声の方向に、古い傘があるのを見つけた。
今では一般に使われている『こうもり傘』では無く、昔の時代劇でよく見る『じゃのめ傘』が、門の入り口に立て掛けてあった。

さっきまでは無かったのに??
猫の鳴声が聞こえた気がして、振り向いた先には傘。
うーんと考えてから、マミの至った結論は。

「もしかして!猫の恩返し!?」

と、言ってじゃのめ傘に近づく。
あれ?鉄格子がはまってる??斜めに置いてたから動いたのかな?
と、排水溝の上を渡って、立て掛けていたじゃのめ傘を手にとった。

ちょっとボロイけど・・・
「やった、ラッキー」

これで帰れると、上機嫌でマミは傘を開く。
雨はいつのまにか、小ぶりになっていて、このぼろい傘でも何とかなりそうだし。
早く家に帰ってシャワー浴びたい。

「いつか、返しに来るからね」
そう言ってマミは、傘を差して雨の中、家に向かって駆け出したのだった。


***



それから数ヵ月後。

梶国は吾妻神社の門に一人で立っていた。
そしてふぅと、思い出し、ため息をつく。

この場所で、彼女とはじめて出逢った時のように今日も雨が降っている

そう、あの時のように今日も雨が降っていた。
ザアザア、と、地面に叩きつける様に降る、雨音が町から人の気配を消す。
それを、優しい目で見る梶国。

あの後、少女に気付かれなかった事は幸いだったのだが、傘を取られてしまった梶国は神社にずぶぬれになって帰りつき、匠藤さまに怪訝な顔をされたものだ。

そして今、梶国は・・・その雨の日に逢った少女を待っていた。
その後、訳あって、匠藤さまに少女との縁を取り持ってもらった梶国は修行中のみでありながら、少女と『お付き合い』をさせていただいている。

ふと、優しい目で雨を見ていた梶国の目が見開かれる。
その先に見えたのは、じゃのめ傘。
梶国の待ち人が、じゃのめ傘を差して雨の中を走ってきたのだ。

「ビクニさーん、ごめんなさい今日、掃除当番で・・・」

そう言って、傘を持つ反対の手を梶国に振る少女。
その手には、普通の可愛らしい傘が握られていた。

「いえ、マミさんこんな日にお約束をした私が悪いんです。ぬれませんでしたか?」

じゃのめ傘に、気を取られながらつつも、目の前のマミがぬれて風邪でも引いたらと思うと心配で梶国は、慌てふためく。

「大丈夫!私、頑丈なんですよ、これぐらいで風邪引いたりなんかしませんから」
そう言って、マミはじゃのめ傘を閉じると、小さく一振りして傘についた雨の雫を払った。
そして、梶国に向かって両手で差し出す。

「???」
ちょっと、びっくりしている梶国に向かって、マミは笑った。
「最近になって思い出したんですけどちょっと前、雨宿りしてる時にこの場所でこの傘を見つけたんです・・・今考えるともしかして、ビクニさんがこの傘貸してくれたんじゃないですか?」
そう言われて、梶国は顔が真っ赤に染まる。
マミの顔はあの時梶国がドキリとした笑顔で。

「はぁ、まぁ・・・」

マミに、要領のえない返事をする梶国。
つまづいていた痛みに耐えている間に、傘をマミに取られたなんて、情けない事はとてもいえない。
まぁ、もしつまづいていなかったら、マミに当然のように傘を貸す梶国の性格ではあるのだが・・・

この、今では梶国の隣で微笑んでくれるマミの為に・・・なのか、それとも情けない自分だと思われたくない自分のためなのか。
雨の日に起きた本当の出来事を梶国は内緒にしておこうと、心に決めたのだった。



追加。



そんな二人を優しく見つめる、二つの影。

「まあ、世の中には知らない事が幸せだと言う事もあるのじゃな、黙ってやる事にしようぞ、沙紅羅」
匠藤は呆れたようにため息をつく。
実は知らない振りをしていたが、匠藤のホームグラウンドともいえる神社内で起こった出来事はすべて把握していたのである。
しかし、その口調とは裏腹に、表情は優しい。
こくり、とゆっくりうなずく沙紅羅の表情も優しくて。

吾妻神社は恋人達にとても寛大な神様達がいるのだった。




◇ ◆ ◇後書◇ ◆ ◇

すみません。勝手に書かせていただきました。
『おいでませ吾妻神社』梶国×主人公創作(^_^)です。
この作品の梶国さんにもうメロメロな私の勢いと愛のみで書かせていただき思ったより、長くなりすぎてしまいました。〔笑〕
と言うか、ゲームで会う前から会っていたと言うこの小説の設定
ちかげさんのゲーム設定から外れないように頑張ったのですが、この体たらく〔苦〕
変なところあれば遠慮なく突っ込んでやってください。
そして、あと全員出すはずだったのに宮司君出せなかったし。(ToT)反省点はたくさんあるのですが

とにもかくにも十万ヒット〜♪
ちかげさんおめでとうございます(*´∇`*)
お祝いにならないかもしれませんが、この作品をちかげ様へ

2002年10月27日UP


桜ありまさんから、HP10万ヒットのお祝に頂いた『おいでませ 吾妻神社』の小説です。
もう・・・めちゃくちゃ素敵!!
原作者(?)でありながら、この小説を読んで梶国さんに・・・メロメロ(*´∇`*)
思わず胸がきゅう・・・んとしてしまいました。
マミもさっぱりした性格で、でも優しくて・・・私の作るマミよりとても魅力的でしたねv
ショウちゃん(笑)とサクラさんも、すっごく素敵に書いて貰えてすごく幸せですv
(サクラさんの雰囲気や、ショウちゃんのお供物等(笑))

本当に素敵な小説をありがとうございます!!



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