早春譜

作 桜 ありま




春は、何度でもやってくる。
桜吹雪の正門。
校内。
職員室の窓から見える、教会。

新学期を迎え氷室零一は、軽いデジャヴュを憶えて暫し目を閉じた。

新しいクラス。
新入生の緊張した面持ち。
それはいつもと変わり無く、無軌道に流れ行く時。生徒は零一を通り過ぎ、そしてまた、零一もいつものように生徒達が巣立つ事を、特別な感動も覚えずに教師として送り出していた。

入学。
卒業。
入学。
卒業。
何度も経験するそれは、一年のサイクルであり、零一にとってはいつもの事であった。特別心動かされる事ではない。

しかし、今年の卒業式。
そして、入学式は違っていた。
そのファクターとは・・・一人の女生徒。
三年前入学した氷室学級の生徒の一人だった。

第一印象で心に残ったのは、多分、スカーフが曲っていた事を注意した事と、途中編入してきた事だと言う事だけだったろう。
彼女を気にする、教師としての十分な理由が初めは確かに存在した。

しかし、三年間を通じて、彼女に向ける感情の変化が零一を混乱させた。
彼女の一挙一動に、心が動く。
時には、甘く甘美であったり。
時には、胸が押しつぶされるほどの悲愴、落胆であったり。
それは、零一が今迄持ち得なかった感情で、この感情の答えを出そうとすればする程、その思考の迷路から抜け出せなくなっていた。
そして、卒業式が、近づくにつれて言い表し用の無い、寂しさ。切なさ。は増す。

事象A。
毎年、無感動に流れていく卒業式。
事象B
今年も同じ筈の卒業式。
しかし、卒業式がこないで欲しいと思うほどの喪失感が今年は襲う。

事象AとBの違いは何か。

答え。
彼女がいない事。
彼女が、自分の生徒ではなくなる事。

彼女がいなくなる事。

・・・その感情が、彼女に向けての恋慕である事に気付いたのは、卒業間近。

そしていつもと違う、寂しさを抱えながら迎える卒業式。
式が終わり、生徒達がそれぞれの開放感を感じ思い思いに家路につく中。

零一は彼女の姿を探した。
沢山の友人に囲まれていると思った彼女は意外にも一人で、教会の方へ歩いていく。
そして、追いかけた零一は教会の前で彼女の姿を見失う。

ここまでなのか。
今日のこの日に、打ち明けられなければ零一は自分が諦めてしまう事を知っていた。
携帯も、住所も分かっている。
会おうと思えば会えないと言う事はない。

しかし、教師でなくなった今、名目を失った事実だけが、零一の心を占めていた。

閉ざされた教会を前に、苦悩する零一に教会の扉が視界に入る。
この教会のいろいろな学園内での不思議な噂を零一は聞いていた。ふと、その中の一つの噂が今脳裏に思い出され、零一は開くはずの無いその扉に手を掛けていた。
いつもの冷静な零一ならばするはずの無い愚行。
しかし、動くはずの無い、扉は音を立てて開きそして、扉を開けた零一の目に映ったものは、荘厳なステンドグラスでも、キリスト像でもない・・・

零一の目に映ったのは・・・




「氷室先生、授業始まりますよ」
感慨にふけっていた、零一は、同僚の声で、ふと我に返る。
時計を見ると、席を立ち、教室に向かうべき時間を四分三十秒程オーバーしていた。
「失礼」
珍しい事も在るものだと苦笑する同僚に一礼し、出席簿を持って、零一は職員室を後にする。向かった先は新しい氷室学級となるべきクラス。

そう、これからは彼女はこの学園にいないのだ。

教室まで、たどり着くと、零一はいつものように、教室に入る。
零一が、教室に入った途端に、今まで騒がしかった教室の空気がピンと、張り詰めしん、と静まり返る。その空気の中零一は教壇に立ち、生徒の顔をぐるりと見回す。
新入生達の緊張した面持ち。
例年どおりの、この雰囲気が零一の好む空気であった。
満足げに誰に向けるでもなくうなずくと零一は手に白チョークを取り、流麗な文字で黒板に名前を書く。

「私はこれから、このクラスの担任を務める、氷室零一という。君たちは私の学級の生徒として、常に模範的に節度を守ってもらいたい、以上。何か質問は在るか?」

そして、例年どおりの決まり文句を、新入生に伝える。その零一独特の冷たい物言いのため手を挙げたいが、あげられない・・・そういった雰囲気を破ったのは勇気ある一人の女子生徒だった。

「先生、質問です。彼女はいますか?」

今迄も、そしてこれからも何度も聞かれるであろう、生徒の零一への個人的な愚問。
いつもなら、冷たい視線で叱られる事になる質問者。
そして、二度とこのような愚かな質問をされる事を避けられるのであるが、しかし、今回は違っていた。
「たった今、節度を守るように、と私は言ったはずだ」と、本来なら告げるべき筈の零一の口から漏れたのは・・・

「・・・・・・そんな事は、ど、どうでも宜しい・・・以上」

と、早口でまくし立てる。
そしてその顔は肯定しているのと同義に薄っすらと赤味がさしていた。
勿論表情は苦渋の表情を浮かべていたが・・・
質問した女生徒の襟が曲っている事に先ほどから気付いていた零一。
質問を当てる傍ら、忠告しようとしていた矢先、ふと彼女を重ね思い出しいつもの冷静さを失ってのこの体たらく。

ざわつく教室内に零一は、はっとして生徒達を見渡した。
登場時との、このギャップに、生徒達は先ほどの緊張はなかった様に騒ぎ始める。
「先生〜彼女って美人?」
「やっぱり、教え子とか?」
的を得た、生徒達の言葉。
「たった今、節度を守るように!!と言ったはずだ!!!」

そう、零一が本気で怒ったとしても後の祭。
この日の氷室学級は、氷室零一を知る者にとって、信じられないほどの騒がしく、賑やかな声が響き渡っていた。





・・・仕事が終わってから会う約束をしている君には、話す事など出来ない。

初めが肝心ともいえるのに、教師生活初めての、失態に零一は自分自身を厳しく戒める。
いつもの下校の時間より、少し遅れての下校。
駐車場にとめてある愛車にむかいロックをはずす。
その瞬間。

「センセェ!これからデート?」
「!?」
「氷室せんせーい!さよーなら」

親しみを込めた満面の笑みで笑い、走り去って行く生徒達。

「君達!!気をつけて帰るように!」
色々、と言ってやりたい事はあったのだが、そう告げるのが動揺している零一には精一杯で・・・
生徒達の後姿を消えるまで見つめる零一。
ふと、浮かんだのは、微笑か、冷笑か。

そして、いつもの表情に戻ると、車に乗り込んだ。

もうすぐ彼女に逢える。
彼女との待ち合わせの元に、車を走らせる零一の姿があった。。




あの日の教会。
ステンドグラスの色とりどりの中。
赤・緑・青
三原色の光が集まる一番眩しい白い光の中に立っていた彼女。
三原色の交わる光は眩しく強い光になるという法則などは零一の頭から消え、彼女自身がまるで光り輝いているように錯覚さえ覚えた。そんな彼女に自分の思いを告げる零一。
そして零一の告白にうなずいてくれた彼女。

零一の頭の中によぎった、教会の噂。
この教会で、告白した愛は必ず実ると言う噂。
そんな自分にとって都合のよい噂だけが頭に浮かぶほど、行き詰まっていた自分。

彼女が与えてくれた世界を有色。
自分を無色透明と喩えた零一。

無色透明な零一の世界が、変革する。
今日はそんな日々の始まりに過ぎなかった。



●後書●

これはもう、書いてる間中告白の時の音楽がエンドレスで頭の中に流れておりました。
そう、頭の中で・・CDもってないのですよ。泣。
『さんげんしょく』頭の中ではちゃんと『さんげんしょく』なのですが、漢字変換してしまうと、ついつい『みはらしき』とよんでしまいました。(^_^;)ラストの盛り上がり書いて一番乗ってる時なのについつい爆笑・・・
そして、三原色は、絵の具と、光の色では違う事も発見( ̄□ ̄;)!!ちゃんと調べてよかった〜と、ほっとしました。
絵の具では、黄色なのに、光だと緑。なんですね・・・初め絵の具の三原色で書いておりました。アホ。
また勝手に色々、設定つけたしまくりで、ヒムロッチが別人のようです。悲しい。
理系の頭は、バリバリ文系な私には表現できないみたいです←苦しい言い訳。
カッコイイ、氷室先生が好きな方はごめんなさい猛反省。





桜ありまさんから頂いた『ときめきメモリアルGirl's Side』の小説です。
きゃああ〜〜〜っ!!(*´∇`*)
氷室センセイ……ス・テ・キ!
もうもうもう・・・桜さんてば、上手過ぎ!!
ヒムロッチに再度ハマりました〜〜vv
こう、ヒムロッチ心境にノックアウトです・・・(*´∇`*)
こんな感じで惚れられたら、もうメロメロキュン・キュンでしょう!!(萌えっ!)
ああもう氷室センセイ・・・可愛いっす〜♪
「・・・・・・そんな事は、ど、どうでも宜しい・・・以上」
↑の台詞に思わず胸キュン&ニヤリッですvv
何だか、もう一度青春を謳歌したくなりましたv
桜さん、ステキ小説ありがとうございますー!(o^∇^o)ノ

追伸
三原色『さんげんしょく』が『みはらしき』・・・爆笑してしまいました(笑)

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